読み聞かせで子どもの理解力に驚いた話

家で読み聞かせした後の子どもの反応が興味深く、その後の会話で子どもの理解力に驚かされました。私自身、子どもと一緒に絵本を楽しむのが大好きですが、子どもの言葉の発達に不安もあり続けている絵本の読み聞かせ。でもそれをしたからといって、子どもがメキメキ力をつけることはありません。今回の発見で、言葉を理解する力は外から簡単にはわからないんだなと感じました。

子どもが興味深い反応を示してくれた絵本の紹介と、読み聞かせ中と後の子どもの様子について書いてみたいと思います。最後に何に驚いたのか、どんな成長を見せてくれたのかにも触れたいと思います。

まずは読んだ絵本から紹介しましょう。

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強烈な印象を私に残した絵本を子どもと一緒に

絵本のタイトルは『ミリー―天使にであった女の子のお話』。グリム童話を書いたヴィルヘルム・グリム作で、『かいじゅうたちのいるところ』の著者モーリス・センダック絵です。このコンビはすごい!

グリム童話って昔読んだな~という方、大勢いらっしゃると思います。私は英語の本を読むのが趣味なのですが、大人になってから英語でグリム童話を読んで、グリム童話の面白さを改めて感じました。

そしてイラストを描いているのが絵本界の巨匠と言われるモーリス・センダック。洋書でセンダックのことを知った私は、繊細で怖いほど美しい彼の絵の大ファンになりました。そういうわけで私にとっては夢のような作品。

初めにこの絵本のことを知ったのは、英語の絵本でした。英語は『Dear Mili』というタイトルです。

この英語の絵本を読んだとき、ラストで動けなくなるほどショックを受け泣きました。あまりにも強烈な印象を残したこの絵本を、当時はまだ4歳だった子どもがいつか大きくなったら日本語で読んであげようと思いました。

『ミリー―天使にであった女の子のお話』のストーリー

ある村に、夫を亡くした女性がいました。女性には子どもが何人かいたのですが、一人の女の子以外は皆死んでしまいました。お母さんはこの子には守護神がついているに違いない、と思うのでした。あるとき戦争がはじまり、凄まじい炎が近くまでやってきました。お母さんは娘を何としても戦争から守りたくて、森の深いところへ一人で身を隠しておくように話します。3日経ったら戻っといで。心配で身を引き裂かれんばかりのお母さんは、娘にそう言って見送ります。あの子は守護神が守ってくださる・・・そう願うしかありませんでした。

女の子は森をさまよいます。怖くてさみしくて、天使が不安がる女の子を道案内してくれました。不思議な空間へ入った女の子。そこでおじいさんと自分によく似た女の子と一緒に、3日間過ごしました。そしてやっと、お母さんが戻っていらっしゃいと言った日です。お母さんに会いたい、会いたい。でも女の子は、ここを去ることも少しさびしかったのです。すぐにまた来るからね。そう言い残し、お母さんが待つ家に向かいました・・・。

結末は伏せておきます。戦争の残酷さがグリムの感性で描かれています。悲しみ、安堵などいろんな感情が入り混じり、何とも言葉で言い表せない気持ちになりました。

読み聞かせ中の子どもの様子

子どもは7才で小学校2年生。普段から絵本の読み聞かせをしているので、子どもの絵本の好みなどは把握しており、この手の絵本でもなんとか大丈夫と判断しました。子どもの年齢を考えた時、ちょっとまだ難しいかなと思いましたが、様子を見ながら何回かに分けて読んでみたらどうかと思いました。

初めに表紙を見せて、これからこの絵本を読むよと言いました。イラストが大人っぽいので、まず反応を見ようと思いました。特に嫌がりもしなかったので、絵本を開きました。そして、このお話は長いから飽きたら途中までにして、また明日読もうねと言いました。子どもが文字のボリュームを見てうんざりするかもしれないので、先手を打っておきました(笑)安心させるためです。

読み始めると、予想に反して長い時間集中して絵本に見入っていました。もう疲れたかなと思ったところで、残りは明日にしようかと声をかけてみたところ、続けて読んで欲しいとのこと。その後も数回、残りは明日読もうかと声かけをしましたが、最後まで読んで欲しいというので最後まで読み終えました。

読み終えるまで、全く集中力を切らすことなく熱心にイラストを見入っていました。センダックの美しい絵と、グリムのストーリーに夢中になっているように見えました。最後まで読むのにかかった時間は、測っていないのでよく覚えていませんが、10分以上は読んでいた気がします。

読み終わった後の子どもの様子

読み終えた後、すぐに私は夕食の片付けを始めました。いつも絵本を読み終えたら、私は片付けを、子どもは明日の学校の準備をします。食器を洗いながら、子どもがじっとしている様子なので「時間割をしなさいよ」と声をかけようと子どもを見ると、じっと座ったまま今読んだ絵本を見ていました。

ゆっくりとページを順にめくったかと思えば、また初めに戻ったりをくり返していました。そして私にページを開いてイラストを差し「これは何?」と聞いたりしました。その後ストーリーについて、語り始めました。子どもが特に興味を持ったのは、ストーリーに出てくる守護神とおじいさんでした。

非日常の存在が不思議で興味深かったのでしょうか。子どもの話を一通り聞いた後、今度は私が子どもに聞いてみました。「ラストはどう思った?」すると単純な感情は抱かなかったようで、複雑な表情をして「悲しかったけど良かったと思った」と答えてくれました。

なぜ良かったと思ったのか聞いてみると、一つはお母さんに会えたからで、もう一つはまたあのおじいさんのところへ行けたからと言いました。私はすごいなーと感心しました。女の子がお母さんの元に戻りたいけれど、おじいさんの元も離れるのは寂しいと感じていた記述を覚えていたのですね。

ところで絵本では、女の子とお母さんが再会してその日の夜を楽しく幸せに過ごします。物語が終わるまで、おじいさんのところへ行きましたとは書いていません。おじいさんにもらった、一輪の蕾だったバラが朝になると咲いていたという記述だけ。

実は女の子はお母さんの元に帰る前に、おじいさんからバラの蕾をもらいました。その時に女の子はここを離れるのが寂しいと言いました。おじいさんはこのバラが咲いたらまた会えるよと女の子に言うのです。お話が終わると、子どもは女の子とお母さんがどうなったかがわかり、あのおじいさんが誰なのか、何となくわかったようでした。

子どもの理解力に驚いた

子どもは特に、国語の教科が得意なことはありません。ごくごく普通だと思います。1歳のときに言葉の遅れを指摘され、3歳でも指摘され、言葉の発達を促すために一時期療育を受けていました。それだけに、国語が苦手になるのではないかと心配していました。

赤ちゃんの時から絵本の読み聞かせを続け、小学1年生の夏休みに入るまえの個人面談で、担任の先生から国語で音読が苦手なようなので、夏休みに絵本をたくさん読んでくださいと言われました。国語のテストも見せてもらいましたが、漢字はできても文章問題になるとあまりできていませんでした。

あんなに絵本の読み聞かせをしてきたのにと、その時は愕然としましたが、まだ絵本の読み聞かせに効果がないと決めつけるのは早すぎると思い直しました。

小学校1年生の夏休みから、今までよりも絵本の読み聞かせに時間をかけるようになりました。先生に言われたように、夏休みは特に、子どもにも声を出して絵本を読んでもらうこともしました。いつも私が読む絵本のうちの短いお話を1冊選んだり、長いお話だったら交替で読んだり量によっては数ページだけ読んでもらったり、会話が多いお話なら役を私と子どもで決めて読んだりしました。

そのうちに音読の宿題もスラスラできるようになりました。急に国語の能力が上がるということはありません。変化が全く目に見えない日々です。けれどもふとした時に、今回のように驚くほどの理解を見せることがちらほら見え始めました。

国語の文章問題は、相変わらず得意とは言えないようですが、ゆっくりとした彼なりの成長を見せてくれています。あまりにもできていない答えを見た時には、がっくりすることもありますが、考える筋道をじっくり教えることを根気よく繰り返すことで、少しずつでもいい方向へ向かっているように思います。

言葉に関しては、まだまだ不安材料がたくさんありますが、このまま絵本を一緒に読んでいけばいいと今は思っています。以前よりも強く思えるようになりました。

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